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12/05/2008

秋の夕日に照る山紅葉

この季節になると自転車に乗りながらつい口ずさんでしまう歌が2つあります。

1つはタイトルにも書いた例の歌。
万葉集とかから主題をとってますね。
なんて言う歌なのかな?紅葉?

もう1つは
真っ赤だな、真っ赤だな...
で始まるこれも矢張り例の歌。
『真っ赤な秋』とか、そんな歌だったっけか。

どちらも小学生の頃に覚えた歌ですが、
今になっても心に強く残っています。

小学5、6年のとき担任だった先生が歌(音楽)の好きな先生でした。
北海道に限らず、どこでも先生と云うのは県内(道内、正確には支庁内かな?)で異動するだけで
新しい先生が来ても人種的には大して変わらない場合が多いのですが、
この先生は千葉のマンモス小学校で先生をやっていて、
それが嫌になって実家のある北海道に帰って来た変わり種でした。
色んな意味でこれまでの先生像を覆す人物でした。
彼に担任を担当してもらった事は、僕の人生における重要な出来事の1つです。
今はもうリタイアしてペンシオーネでしょうが、そのうち一度会ってみたいと思ってます。
隣町の余市町(毛利宇宙飛行士、ジャンプの舟木、ヤンキー先生などで知名度あるかな)に住んでるご様子。

毎日朝と帰りに1曲ずつ歌を歌いました。
先生が選曲した歌本をみんなで作りましたね。
イヴェント時(社会見学など)にはそれ用の特別歌本まであったな。
まあ、どこの学校でもありそうな事ではあるか。
でも当時はそれが普通だったかも知れないけど、
今の小学校ってどうなんだろう?

彼の年代から言ってそうした歌本の中に多くのフォークソングが含まれていたのも当然の事でした。
遠い世界に、真夜中のギター、翼を下さい。
後はいわゆる唱歌の類いとか、外国の民謡に日本語の詩を付けた様なもの。

歌と云えば、1つ問題があった。

僕はほとんどテレヴィジョンを見ないで育ったので、
学校で同級生たちが話している流行歌の話がまるっきり理解出来ませんでした。
滅茶苦茶ヒットしている(らしい)歌のタイトルを聞いても僕は『知らない...』でした。
聞いた事すらない、みたいな。

で、例えば社会見学とか行くわけですよ、サッポロビールの工場とか、ニッカウヰスキーの蒸留所とか。
行き帰りのバスの中でみんなで歌を歌ったりもするんですが、
結構時間がありますから、適当に当てられて『じゃあ次、お前なんか歌え』みたいになります。
同級生たちは流行の歌なんかを歌って拍手喝采な訳ですが、
僕はそうした歌を全く知りません。
だから歌を歌えと指されるのが嫌でしたね〜
歌う歌がないんだもん。

そこで僕も色々考えたわけですよ、小学生・中学生なりに。

1つはラジヲを聞き始めた事。
こうして流行の歌を吸収して行ったわけです。
演歌が結構流行ってましたね。
『氷雨』とか、フツーに小学生が歌ってたし。
このラジヲ(AM)を聞くと云う習慣がその後FMになり、
『ダ〜イヤト〜ン ポップスベストテン!』へと続いて行きました。
『FM STATION』毎週買ってたな。エアチェックとか言ってた。
カセットテープ全盛期だな。

もう1つは歌本の中のフォークソングに注目した事。
唱歌の類いはさ、別に良いんだけど、イヴェント時のバスの中で歌うにしては子供っぽすぎるんですよ。
まさか社会見学で気分がハイになってるみんなの前で『秋の夕日に〜』とはならないじゃないですか。
今になって考えればこの歌だって中々にハイソな奥深い歌なんですけどね。
そんなこと小学生には分かりません。
そこで例えば『なごり雪』(いや、これも地味なんだけどさ)とか、
そう云うのならちょっと大人っぽくって良いかなぁと思って覚えて歌いました。
こう云うのが僕のその後の音楽の聞き方に大きく影響を及ぼしていますね。

今でも『真っ赤なほっぺたの君と僕〜』と頭の中で歌いながら
小学生の頃の『帰りの歌の時間』を思い出しています。

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